事例の背景
小樽市塩谷で暮らしてきたM様。お父様が亡くなり、実家裏の山林を整理しようとしたところ、登記簿には明治生まれの祖父、さらにはその兄弟たちの名前が連なっていました。相続人は今や全国各地、さらには所在不明の人まで含めて40名以上。
近隣では道路拡張や宅地開発の話も出ていましたが、名義人がこれだけ多いと、同意書一つ取ることもできず、補償金の受け取りも不可能です。M様は自分で親戚を回ろうとしましたが、3人目のところで「そんな土地のこと、今さら言われても困る」「いくらくれるんだ」と拒絶され、心が折れてしまいました。
「自分の代でこの問題を片付けないと、塩谷のこの土地は永遠に動かせなくなる」。子世代に負の遺産を継がせたくないという強い思いから、膨大な調査と調整を完遂できる専門家を探し、当事務所へ相談に来られました。
当事務所からのご提案
まずは、40名を超える相続人の「家系図」を、職権を用いた調査で完全に復元しました。
① 全国の相続人40名以上に対する「所在調査」と「意向確認」
数ヶ月かけて戸籍を収集し、全相続人の現在の居住地を特定。当事務所から一斉に、丁寧な「現状報告書」を送付しました。放置することのリスク(管理責任や罰則)を法律家として明確に伝えることで、話し合いのテーブルについてもらいました。
次に、感情的な反発を最小限に抑える「受け皿」の提案をしました。
② 「管理責任の買い取り」による名義集約の交渉
山林の資産価値が極めて低いことを客観的な資料で提示。その上で、M様が名義を引き受けることは「独占」ではなく「一族の責任を背負うこと」であると強調し、金銭要求をしていた親戚からも納得の署名捺印を取り付けるための説得を行いました。
最後に、集まった合意を確実な登記へと繋げました。
③ 郵送による「一括遺産分割協議」のディレクション
40名以上の署名捺印を不備なく回収するため、専用の返信用キットを送付。一人ひとりへのきめ細かなフォローを行い、数十年越しの懸案だった山林の名義変更を一気に完遂させました。
お客様の声
40人という数字を聞いたときは絶望しましたが、先生が一人ずつ粘り強く交渉してくださり、最後の一人のハンコをもらえたときは、ご先祖様にようやく顔向けができると思いました。塩谷の土地を、きれいな形で子どもたちに残せたのは先生のおかげです。自分一人では100年かかっても無理だったと思います。本当にありがとうございました。